浸水被害を受けた居酒屋店主の証言
- 2023年06月14日
30年前のあの日は、週末の金曜日でした。南九州きっての繁華街、鹿児島市の天文館。この場所で居酒屋を営んでいた男性は、いつもより早く店に出て仕込みをしていました。
「予約がたくさん入っているし、きょうは忙しくなるな」。しかしこの時、男性は考えもしませんでした。そのわずか数時間後に、大雨で街が襲われることになるのを…。(動画はコチラ)
(鹿児島放送局 記者 小林育大)
軌道に乗ったやさきに
天文館の中心、文化通りのすぐ近くある「居酒屋 ゆ」。店主の中原寛さん(67)はバブル期のころ、この店をオープンさせました。
当時の天文館は毎夜、すれ違う人の肩と肩がぶつかるくらい、大変なにぎわいだったといいます。店も看板商品の焼き鳥目当てにサラリーマンなどが連日訪れ、軌道に乗り始めました。しかしそんな矢先に発生したのが30年前、1993年8月6日の「8・6水害」だったといいます。
いつもより早く、午後3時ごろに店に来て仕込みをしていました。でも、その時はまだ大雨というわけではなく、ふだんの雨という降り方でしたね。
あの日、天文館は…
しかし、それからわずか数時間で状況は一変します。雨はどんどん激しさを増し、夕方、ついに甲突川が氾濫。あふれた水が、天文館の街へと流れ込んだのです。
店からおよそ100メートルの場所で撮影された写真です。浸水の深さは、大人の腰の辺りにまで達しています。天文館公園も、文化通りも、1メートル以上浸水しました。天文館に1600あった飲食店などのうち、500店舗ほどが被害を受けたとされています。
濁流のように水が流れてきて街を襲いました。ビール瓶にタイヤ、ゴミ箱といろんなものが浮いていて、信じられない光景が目の前にあったことを覚えています。
とっさに守ったもの
中原さんの店も1メートルほど浸水し、冷蔵庫などが使えなくなりました。それでも、とっさに守り抜いたものもありました。創業当時から味を磨いてきた、自家製の秘伝のタレです。
店を続けていくには絶対に失えないという一心でした。誰もあんな水害になるとは思っていませんでしたね。30年は過ぎてしまえば早いですが、あの日のことは脳裏に焼き付いていて、今でも思い出すと怖いです。
本当の苦悩は翌日から
天文館から次第に水が引いていったのは、翌日に日をまたいだころだったといいます。そして中原さんは、復旧に向けて動き出しました。
しかし本当の苦悩はここからでした。7日の鹿児島市は雨がやみ、前日の記録的大雨がうそのように気温も上がりました。真夏の暑さの中、中原さんは店内の水や泥をかき出しては壁やテーブル、いすなどを乾燥させ、さらに消毒の作業に追われます。
「先が見えない、このひと言」
特に頭を悩ませたのが、異臭だったといいます。街を襲った水に汚水が混ざっていたためで、店内どころか街全体にも漂っていました。
さらに断水も続いたため、作業は思うように進みませんでした。店を再開できるめどは立たず、中原さんは、この時ばかりは店を閉めることも頭をよぎったといいます。
いつちゃんとしたきれいな水が出るのだろうか、店の中の異臭がいつになったら消えるんだろうかと毎日、頭を悩ませていました。一生懸命テーブルなどを磨いて掃除していたんですけど、なかなか個人できれいになるものでもないです。「先が見えない」、本当にこのひと言でした。
ライバル店どうし、天文館一体で復旧
そんな日々で支え合ったのは、天文館で同じように店を営む人たちでした。ラウンジを営む男性は、ミネラルウォーターを配ってまわったといいます。中原さんも他の店舗の人たちに、おにぎりや焼き鳥を用意しました。こうして天文館が一体となって復旧に励んだといいます。
誰に限らずみんなで協力していました。みんなで早く再び店を開けて、何とかしようという気持ちでしたね。
ライバル店と言えばライバル店だったんですが、“頑張ろう、頑張ろう、これは災害なんだから”と、お互い励まし合っていました。仲間どうしで一日でも早く、また元気で明るい天文館を取り戻そうと必死でした。
およそ1か月後、中原さんは店を再開できました。それでも以前のような客足が戻ってきたのは、さらに数か月が経ってからだったといいます。
中原さんは「8・6水害」で仲間と絆を強めることができたことは、大きな財産だと話します。そして次にいつ、また災害に襲われたとしても、こうした仲間たちとともに再び乗り越えていきたいといいます。
これからも災害に襲われることがあるかもしれませんが、仲間意識を持ちながら、他店のみなさんとも手を取り合いながら、天文館を盛り上げていこうと思っています。
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