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Friday, December 23, 2022

一生懸命やっていたらその先に何があるのかなと思っています ... - 秋田魁新報電子版

ssingkatkata.blogspot.com

今年TBSを退社しフリーアナウンサーに転身した堀井美香さん(秋田市出身)。2人の子育てをしながら第一線で仕事してきました。現在は、人気ポッドキャスト番組「OVER THE SUN(オーバー・ザ・サン)」の気取らないおしゃべりに疲れを癒やすリスナーは多く、またライフワークと言う「朗読会」では、小林多喜二の母親セキが多喜二と自分の生涯を秋田弁で語る『母』を読むなど、多彩な活躍を続けています。

写真:石川直樹


――― これまで読んだニュースの中で、強く印象に残っているものはありますか?

 ニュースを読むときに一番大切なことは、公平性です。感情移入をしない、特定の人物・事柄に肩入れをしない。でもね、経験を重ねると、分からないように自分の感情を乗せることもできてしまうんです。

 東電OL殺人事件(1997年)で、不法滞在していたネパール人のゴビンダ(・プラサド・マイナリ)さんが容疑者として各媒体でかなり取りざたされていた頃のこと。私自身、ゴビンダさんかもしれないと思っていました。本当に許せない事件で、感情が少し高ぶっていて。「ゴビンダ」と読むときに、人に分からないように、ゴビンダさんの悪い感じを出そうとしてしまったんです。2012年に無罪が確定し、ラジオに事件のドキュメンタリーを書いた作家の方がゲストでいらして、ゴビンダさんの冤罪(えんざい)の苦しみを話されました。私も簡単にそれに加担した一人だったな、と自分を責めました。決めつけてしまって。怖いです。真犯人はまだ捕まっていないですよね。

 ニュースを読む技術は難しくないんです。1カ月くらいレッスンをしたら読めるようになる。でも、そのニュースの真相や背景を、本当に知らないと読めない。実は「読む」ってそういうことです。

 毎日悲惨なニュースがあって、読んでは捨て読んでは捨て、何を読んでいるかも分からないようなスピードで入ってくるから、普通は一つ一つ背景を知ることなどできません。きれいに読むことは誰でもできるけれど、その次に行くとなると、とても難しい。

――― 目の前にいる方の魅力を引き出すのも大切な役割の一つかと思います。秘訣(ひけつ)はあるのでしょうか?

 私が引き出さなくても、みずからいいことばかりしゃべる方が集まってくださって(笑)。

 番組では、アナウンサーは、ホストとしてゲストをお迎えし、アシストをする、進行上抜けているところがあるならカバーする。それを自分がやっているように見せずに、向こう岸までそっとみんなを連れていく。自分の性分に合っていたと思います。

 秋田県人ってどちらかと言うと口下手ですよね。親戚が集まっても、口論で騒ぐのではなく、じんわりお酒を飲むとか。私、性格もあるのかもしれないけれど、親戚の集まりでは、黙ってる子だったし、聞いている人が多かった気がします。

――― 金曜午後5時配信のポッドキャスト番組「OVER THE SUN」は私も大好きです。お相手のジェーン・スーさんとは日頃どういう番組にしたいと話していますか?

 何の意味も責任もない番組だよねと話しています(笑)。ジェーン・スーさんとのラジオでは仕事のスイッチを入れていないです。苦しいことや嫌なこととか二人にもいろいろあるけれど、みんな一緒だよね、嫌なことくらいあるよ、というゆるやかな連帯感はあるでしょうか。目的は分からず、スタジオに入って、気ままにおしゃべりをして。収録のあとでご飯を必ず一緒に食べるのですが、こっちの話の方が面白かったねって。でも言えないねって(笑)。

『ジェーン・スーと堀井美香の「OVERTHE SUN」』が書籍化。神回傑作選が活字になったリスナーである互助会員垂涎の一冊。(左右社)

――― 「ライフワーク」とおっしゃる「朗読」には、アナウンスやナレーションとは違う楽しさ、やりがいがあると思います。

 物語の裏に何が隠されているのか、サブテキストを熟考する作業が楽しくて、フリーランスになったら「朗読」は本腰を入れたい仕事の一つでした。

 秋田で来年の8月に朗読会をします。一度父と母を呼びたくて。来年90歳と86歳です。父はもう私に何度も同じことを言うんですよ。

 読む題材は三浦綾子の『母』。小林多喜二のお母様小林セキさんは秋田の釈迦内村(現在の大館市)出身です。この長篇は拷問で死んでしまった多喜二の一生を88歳のセキさんが秋田弁で語る形式で綴(つづ)られています。

 最初から泣いてしまいます。貧しい農民の話、女郎として売られていくまわりの娘の話。多喜二が幼い頃、長男が死んで家族で小樽へ引っ越す。多喜二の弱い者への思いやり、小説家としての志に心打たれます。

 題材として難しいです。共産党やプロレタリア文学、キリスト教の話でもあるので。家族を愛し信頼し、誰より苦しんだ、働き者だったセキさんが、それを自分の言葉で語っている。大切なことはこういうことだべ、ってシンプルな言葉で。優しく、人を思い、世の中をよりよくしたいと小説を書いていただけなのに、なして息子は殺されたの、って。

 「朗読」は好きなことだから突き詰めたいし、一生懸命やっていたらその先に何があるのかなと思っています。


●yomibasho vol. 3
堀井美香 朗読会「母」
日時:2023年8月26日(土)
昼公演
場所:あきた芸術劇場ミルハス 中ホール
来春チケット発売

『蟹工船』などのプロレタリア文学作品を発表した小林多喜二(1903-1933)の母親セキによる語りで、多喜二とセキの生涯を描く。1992年刊。(角川文庫)

●堀井美香(ほりい・みか)
1972年、男鹿市に生まれ、のち秋田市に引っ越す。95年TBS入社。2022年3月退社後、現在はフリーアナウンサーとして活動。BS-TBS「世界の窓」ナレーション、TBSラジオポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の〝OVER THE SUN〟」(金曜配信)などに出演中。出演経歴「王様のブランチ」「THE 世界遺産(ナレーション)」「久米宏 ラジオなんですけど」など多数。著書に『音読教室』(カンゼン刊)。
https://www.yomibasho.com/

●写真:石川直樹(いしかわ・なおき)
1977年、東京都生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら作品を発表。08年『NEWDIMENSION』『POLAR』で日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞写真賞、11年『CORONA』で土門拳賞、20年『EVEREST』『まれびと』で日本写真協会賞作家賞。08年に開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』ほか著書多数。
http://www.straightree.com/

聞き手:熊谷新子

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