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Monday, July 5, 2021

大島康徳さん死去 「一生懸命」が似合う仲間、鈴木孝政さん - 中日新聞

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 1969年から87年まで中日に在籍した大島さん。73年に入団し89年に引退した本紙評論家の鈴木孝政さんは、現役時代のほぼすべてを共に過ごした。思い出は尽きない。

 「自分が入団した時、大島さんも合宿所にいた。1軍の選手だったから格好良く見えたなあ」。74、82年には共にリーグ優勝に貢献した。

 その豪打に、マウンドの鈴木さんは何度も助けられた。80年6月11日、金沢での阪神戦。延長戦に入り十一回を鈴木さんがしのぐと、大島さんがサヨナラ本塁打。ロッカーで着替え中にシーズン初勝利が転がり込み、上半身裸のままベンチへ飛び出した。

 「よく『努力』と言うが、大島さんには『一生懸命』という言葉の方が似合う」

 その姿勢が通算2204安打、382本塁打の源泉だと感じる。本当によく練習していた。不振脱出のためナゴヤ球場での打ち込み。打撃投手を頼まれた鈴木さんは延々40分間投げ、お礼に中華料理をごちそうになった。

 「自然な、素直な熱を持っている。それはつくられたものではない」。観客にやじられ、よく口げんかしていた。「言い返さず、相手をしなければいいのにとは思う。でもそこに、大島さんのプレーに対する必死さを感...

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